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広島高等裁判所 昭和26年(ネ)199号 判決 1954年10月14日

控訴人 被告 株式会社中国新聞社

代表者取締役 築藤鞆一 外二名

訴訟代理人 桑原五郎 外二名

被控訴人 原告 山木茂

訴訟代理人 星野民雄 外二名

主文

原判決中控訴人等敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人等代理人は主文同旨の判決を求め被控訴代理人は本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人等の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は控訴人等代理人において被控訴人は控訴人糸川、同山本が控訴会社の取締役であると同時に控訴会社の被用者であると主張するがその後者を否認する。本件当時適用された旧商法では取締役は会社の意思決定に参加するばかりでなく決定された意思に基く業務執行の主体であるからその間に雇傭関係の成立する可能性がない。被控訴人の麻薬についての刑事被告事件に関連して被控訴人と訴外山岡洋との関係が巷間に流布されておつた折柄偶々同訴外人と面識のあつた控訴会社の黒川記者が同訴外人に面接して聞知した事項の真実性を確認するため同訴外人に対し種々反問することは勿論あらゆる方面を調査して同訴外人の供述の真実であることの動かし難い確証を得たものであるが、右は同記者の真実を伝えねばならない新聞人としての良心に基いた行為であると共に又控訴人糸川、同山本等が調査に完璧を期するよう命令した為である。新聞紙法廃止後における新聞経営の在方としては「プレスコード」及びG・H・Qの民間情報局の指令に従わなければならないが昭和二十五年十月十六日同局が指令したところによれば「日本の自由な新聞は、大衆の趣味を保護し、虚偽、悪だくみ、腐敗、テロリズム、官公吏の不法行為などを曝露するものとしての義務を負つている」となつているが控訴会社は全くこの線に沿い真実を伝える使命を果している。即ち本件記事は非民主的行為の横行と裁判の真正を誤らしめる暴力行為とを社会大衆に訴えたもので公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的で掲載されたものであるから全く新聞の使命職責を果したものである。尚新聞記事の見出しはその一般的性質として本文を読ますがために簡約化された表現であるから本文から見出しだけを分離して判断することは許されない。本件の見出しは「真実語る青年を拳銃で脅迫」「三度び職場を奪う」とつけてあるのだから見出しだけから云えばその主体すら読者には判明しない。見出しなり前文が関係人の一方の談話のみから引用された場合でも問題はその談話内容の真実性及びそれについての認識である。その内容が真実である限り又真実と認めるにつき過失がない限り責任の発生する余地がないと述べ被控訴代理人において右主張事実を否認すると述べた外は何れも原判決の事実摘示と同一なのでここにこれを引用する。

立証として被控訴代理人は甲第一、二、三号証、第四、五号証の各一、二、三、第六号証の一、二、第七、八号証、第九号証の一、二を提出し原審における証人日野常吉、山根力男の各証言、被控訴本人訊問の結果を援用し乙号各証の成立は不知と述べ、控訴人等代理人は乙第一、二、三号証を提出し、原審証人山岡洋、山根力男の各証言、原審被告黒川義夫本人訊問の結果、当審証人泉伊佐雄、八谷幸の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

控訴会社がその発行の昭和二十五年九月十三日附中国新聞紙上に被控訴人主張のような記事をその主張のような見出しの下に掲載したことは当事者間に争がない。尚原審被告黒川義夫が本件記事を取材し、それが紙上に登載されるに至つた経緯については当裁判所も亦原審同被告本人訊問の結果により原判決理由中摘示の通り認定したのでここにこれを引用する。そこで同記事を検討してみると本件記事の体裁は双方談話の形式を採り、山岡の述べている事項と共に被控訴人の全面的否定の談話と、日野、山根の否定的談話を併載しているが、全体から見て山岡の談話に重きを置き、見出し前文共に山岡の談話中から抜萃したものであり(右見出し前文については更に後述する)、該談話の具体的内容が即ち被控訴人主張の(1) 乃至(6) の名誉毀損的記事に該当するので右山岡の談話内容が真実であるか、真実でないとしても控訴人側がこれを真実と信じたことに正当な理由があつたかどうかが問題であるからこの点について次に考察する。

成立に争のない甲第一号証、第四、五号証の各一、二、三、第六号証の一、二、第八号証、第九号証の一、二、乙第一、二、三号証に原審証人山岡洋、山根力男、当審証人八谷幸の各証言並に前顕黒川義夫の供述を綜合すれば山岡が広島県製薬株式会社に勤務し倉庫係をしていた昭和二十一年十一月頃当時同会社の生産、事業各副部長で上司であつた被控訴人の命令で同会社の倉庫に保管してあつた麻薬入りの木箱を搬出したことがあり、その後昭和二十二年三月中旬該麻薬が紛失していることを同会社岡本常務取締役により発見され、山岡は責任者としてその行方を追究されたが当時被控訴人から右搬出の事実を絶対口外しないよう口止めされていた為これを黙秘していたこと、その頃被控訴人は同会社を退いて市会議員となり更に市会副議長となつたが右倉庫から麻薬が紛失したことにつき被控訴人に疑惑がかかり、右岡本常務や同会社首脳部の者から山岡はその事情を知る者として麻薬の紛失につき厳重な取調を受け被控訴人との間に立つて苦脳していたこと、其の間山岡は屡々被控訴人宅で同人から前記搬出の事実を絶対黙秘するよう繰り返へし申し向けられ遂には「よけいなことをしやべるとピストルでバラスぞ」と云つて脅迫されたこと、昭和二十二年三月中検察庁が被控訴人に対し麻薬取締法違反ありとして捜査を始め結局同事件の有力な証人として山岡は広島地方検察庁や広島地方裁判所の同事件の公判で取調を受け該事実を告白したこと、爾来被控訴人は山岡に対し不快の感情を抱き反感を持つていたところその山岡が同僚市会議員砂原格の口添と山根体育課長の世話で広島市役所共済組合に勤務していることが判るやその政治的圧力によつて山岡は右職場から追放されるに至つたこと、控訴新聞社の黒川記者は前示のように昭和二十五年九月頃山岡から本件記事の談話を聞き該供述に基いて調査を始めたが先づ広島県製薬株式会社に勤務し山岡と同僚であつた梅木、門田に会つて両人から山岡が被控訴人から屡々脅迫されていたこと、山岡が被控訴人の麻薬取締法違反事件の証人となつてからはその就職先である市役所から追放されたこと等を聞き、更に広島地方検寧庁で横田副検事から被控訴人に職務強要の事実があり山岡の言動に信が置けることを聞き、広島高等検察庁の小城戸検事から右様の事実があることを地検から報告を受けており被控訴人の保釈を取消そうと思つているが今の所見合わせている、被控訴人の職務強要の事件を調査中であるがこれを新聞記事に出すことはよいが麻薬事件の公判が来る十三日であるからその以後にして貰いたい旨を聞き、広島高等裁判所訟廷課で被控訴人の麻薬事件の記録を閲覧して証人八谷幸の供述を読み被控訴人が山岡を屡々脅迫しよけいなことをしやべるとピストルでバラスぞと言つているのが聞えたと証言していることを知り同人に直接面会してその旨のことを話され又元広島県製薬株式会社の岡本常務や同会社資材部長だつた熊谷、元同会社の部長をして被控訴人の入社を紹介した津田、同じく同会社に勤務していた薬剤師の井上等に面会して被控訴人が山岡を脅迫している事実は薬業界の者は皆な認めて居り、被控訴人の人物を考えればありうることであると聞かされ、更に日野商店に日野常吉を訪ねると同人は山岡が如何に証人になつたとは云へ主人の不利益なことを言うのは言語同断であり、検察庁に行つては自分等(被控訴人と日野常吉)に不利益なことばかりを謂い、勤務状態も不良なので懲戒解雇にしたと云い、被控訴人の干渉で解雇したのかと問うと原則的には否定したが山岡を罷めさせたのは麻薬事件の被控訴人に関係はあると微妙な返事をし、又市役所で市政担当記者から「市政記者の増岡は被控訴人に会つたが頭から事実を否認して受附けなかつたこと、迫記者は山根体育課長に始め会つた時は山岡は臨時的に雇つていたのを罷めさせたと云う答であつたが二度目に増岡記者が会つた時は結城議員から麻薬事件に関係している山岡を雇つておくのは穏当でないと云つて来たので罷めさせたと答弁したこと」等の情報を得たこと、田村商店は訪門したが主人が不在で面会できず更に山岡に面会して従来調査した材料を中心に種々質問して同人の供述に信が置けることの確信を深めたこと、控訴新聞社の政経部長、社会部長、編集局長、同次長等を以て構成する編集デスクでは黒川記者その他の記者の報告に基いて検討し黒川記者の調査範囲の裏付証拠でも山岡の供述を真実として信用できる確信を得られたがやはり問題は山岡の人物の信用度であるとしたが黒川記者がその点に重点をおいて調査しており同人が前記のように山岡の同僚上司や検察官等から聴き得た山岡の言動に信が置けることの説明により山岡の供述の真実性を認めてこれを登載するに至つたこと等の事実が認められる。右認定に反する部分の原審被控訴本人訊問の結果、原審証人日野常吉の証言は信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

然らば右認定事実中控訴新聞社黒川記者の調査の対象、範囲、内容からみて、迅速性を要求する新聞記事の取材に際し、国家の捜査機関なれば格別民間の一事業である控訴新聞社としては事実調査に相当の注意を払つたものと考えられ、然かも該調査によつて蒐集された前段認定の全資料に基いて控訴新聞社の所謂編集デスクが前示のように山岡の供述の真実性を認定しても決して無理ではなく、少くとも該事実を真実なりと信じたについて過失の責むべきものがないことが明白である。

次に本件記事の見出し及び前文等の点について考察するに前顕黒川義夫の供述によると右見出し前文は控訴新聞社の整理部員が山岡の談話記事の中から抜萃したものであるが「真実語る青年を拳銃で脅迫」「三度び職場を奪う」との見出し自体では誰が脅迫し誰が職場を奪つたのかは不明であつて記事本文を見て始めて分る性質のものである。本文の談話は「よけいなことをしやべるとピストルでバラスぞ」とあるからこれを「拳銃で脅迫」という見出しは言葉が省略された結果誤解される場合も考えられるが、只見出し、前文は簡略且端的に内容を表示し読者の注意を喚起し本文を読まさんとする意図を有する性質上多少表現が誇張されることは蓋し巳むを得ないところで、本文記事と背理し、前文、見出し自体は虚偽でそれだけで特定人の名誉を毀損する場合は別論であるが、本件では本文と特に相違しているとは認められないから前記本文の場合と同様控訴人側に過失の責めを問うわけにいかない。

元来公選による公務員(前示のように被控訴人は当時市会議員であつた)の犯罪性を帯びた行為の如きは民主主義社会において報道機関はこれを公衆の批判に訴える責務があるものであるから該事実が真実であると信ずるにつき相当の理由がある場合はたとい結果的に観て真実に符合しなかつたとしてもこれを掲載することは当然許されるべきものである。本件の如く控訴人側で山岡の供述を真実なりと信じ且つかく信ずるにつき責むべきもののない場合はかかる記事掲載につき控訴人等に名誉毀損の責任を負わすわけにはゆかない。

然らば爾余の争点につき判断する迄もなく被控訴人の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。原判決は右と異る見解にでて被控訴人の本訴請求中の一部を認容しているのでこれを取消すこととし民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条を適用して主文のように判決した。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

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